2015年5月14日木曜日

日めくり法話4  死と向き合って生きる

「特に、近代文明という唯物論に毒されている最近の日本人は、死を一切の終わりと考え、無価値なものとして忌嫌い、生きている時間を一刻でも長くしようとします。死を一秒でも先送りすることに心を砕き、確実にやってくる死への準備を怠っています。このように最近の日本人は、死に後ろ向きな文化を形成してしまったと言えましょう。死について学習する機会もなく、死に価値をおく文化も奪われ、唯物論が支配する社会。そうした社会における唯一の生き方は、たとえリンゲル注入のチューブによってスパゲッティ状態にされても、一分一秒でも長くこの世に生きながらえようとすることです。なぜなら、その後の世界を考えることも、またそれに思いをはせることも、それに価値を見いだすこともできないからです。
しかし、死は誰の元にも確実にやってきます。現在の日本人の多くは、死を迎えるにあたり心の準備も、覚悟もなく、死という未知なる暗黒の淵へ、後ろ向きに投げ込まれるような、不安と恐怖に駆られているのではないでしょうか。そこには死と向かい合い、死に積極的な意味を与え、それによって死を克服してきたかつての日本の文化の積み重ね、民族の智慧は、生かされていないように思えます。まさに原始レベルの人間の精神に返った、未熟な死へのおそれのみが支配しています。」


中村元「老いと死」を語る/中村元・保坂俊司/麗澤大学出版会

0 件のコメント:

コメントを投稿