2015年5月14日木曜日

日めくり法話12 一生の畢竟帰処

「自分というものを「当座の生活理想」「当座の幸福」のなかに住まわせる代わりに、「自分の一生の畢竟帰処」「ゆきつく所へゆきついた人生」というものをハッキリさせておくということは、けっしてヨソゴトではないと思うのです。それにもかかわらず現代人は、商売に対する工夫、学問に対する研究、技術に対する研鑽、ないしさまざまな研究工夫のためには、何年も何十年も、あるいは一生をささげるまでやっていますが、自分の一生の畢竟帰処についてだけは、寸暇の時間もさくことを厭うのはどうしたことか。(略)
まことに現代という時代が、外面的に華華しい文化を咲かせているようにみえながら、その実中味は、原始的野蛮時代から一歩も出ていない象徴的出来事のように思われます。」
「もしここにお金が沢山あれば片付くような苦悩は、じつは「真の苦悩」というべきではなく、たんに「金不足」と呼ぶべきです。そして真に人生にとっての苦悩とは、たとえどんなにお金があっても「金では解決できぬ苦悩」をいうのでなければなりません。」



観音経・延命十句観音経を味わう/内山興正/柏樹社

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